[リストへもどる]
一括表示
タイトルGESORTING 157 大事にしていたあの本も古び傷んで解体新書
記事No53
投稿日: 2008/07/28(Mon) 22:52:02
投稿者geso
[持ってたはずのあの本がどこに消えたか散逸書房]
 処分してはいない筈なのに見付からない本が2冊.共に今で言えばノベルス判の短編小説アンソロジーで,Aは小六,Bは中一の頃小遣いで買ったものだ(出版データは最近ネットで確認).

A アルフレッド・ヒッチコック監修/邦枝輝夫 訳『私が選んだもっとも怖い話』(徳間書店 ワールドホラー・ノベルシリーズ 1968.6.15)
 収録作品: ピーター・フレミング「獲物」/レイ・ブラッドベリ「群衆」/H.R.ウエイクフィールド「幽霊ハント」/ウイリアム・サンブロット「タフな町」/J.J.ファージョン「警官が来た!」/フィリップ・マクドナルド「羽根を持った友だち」/エドワード.L.ペリイ「追いはぎ」/アガサ・クリスティー「神の燈」/シオドア・スタージョン「それ」/ポール・エルンスト「小さな地底人」/リチャード・マシスン「ぼくはだれだ!」/ロバート・アーサー「悪夢のなかで」

B 筒井康隆 監修『夢からの脱走 5分間S.F傑作集』(新風出版社 5 MINUTEs BOOKS 1969.11.1)
 収録作品: 石川喬司「ふかのうくん」/星新一「解放の時代」/光瀬龍「今ひとたびの」/石原藤夫「高い音低い音」「助かった三人」「宇宙の歴史」/豊田有恒「スーパーマン」/小松左京「ウインク」/眉村卓「助け屋」/都筑道夫「畸形の機械」/平井和正「背後の虎」/筒井康隆「お紺昇天」/豊田有恒「渡り廊下」/星新一「長生き競争」/光瀬龍「その手をのけろ!」/眉村卓「すべりこんだ男」/小松左京「夢からの脱走」/筒井康隆「時越半四郎」/生島治郎「前世」/河野典生「緑の時代」

 Aはあのヒッチコックが選んだ怪奇小説集.収録作のうち当時既読だったのはブラッドベリのみ(『十月はたそがれの国』(創元SF文庫 1965)所収).サンブロット作品もこの「群衆」に似た雰囲気だったことを覚えているが,一番記憶に焼き付いて離れないのはスタージョンの「それ」(初出 1940).怪物ものホラーの古典である.多分,怪物側の心理描写(?)がなされている点が新鮮に感じられて印象に残ったんだと思う.
 なーんてことを思い出したら猛烈に読み返したくなり,Aはないかと再び書棚を捜し回ったが,やはり出て来なかった.ネットを見ても本書を探し回っている人は結構いるみたいで,プレミアがついている.
 スタージョン作品だけでも再読したいと思って調べたところ,中村融 編『千の脚を持つ男 怪物ホラー傑作選』(創元推理文庫 2007)というアンソロジーに収録されていることが分かったので,「古本市場」で購入(送料込み970円).
 本邦初訳を含むマニアックなラインナップだったが,内容自体はオーソドックスなものが多い.
 「それ」(新訳だった)は,流石に子供の頃ほど怖くは感じなかったけれど,巧い文章だと改めて思った.
 因みに『千の脚を持つ男』収録作の白眉は,キース・ロバーツ「スカーレット・レイディ」(初出 1966).邪悪な意思を持った自動車のお話,と言えば陳腐に聞こえるかも知れないけど,語り口が巧くて一気に読ませる.真に「何を書くかよりもどう書くかが重要」だということですね.同モチーフのキング「クリスティーン」と読み較べたいところだが,キング本は絶版らしい...

 Bは筒井が監修した最初のアンソロジーだが,版元(現存しない)がマイナーだったせいか,2冊目のアンソロジー『異形の白昼』(立風書房 1969.11.10→集英社文庫 1986)に較べて知名度が低い.古本でも見たことがないし,復刻もされていない.
 収録作品で最も印象に残っているのは石川喬司「ふかのうくん」.盲目の男児(小学生?)の日記体で書かれた不気味な小説である.
 これは,小六の時分に友達の永田くん(故人)宅に遊びに行った際,彼の長兄(当時高一か高二)から借りて読んだ「SFマガジン」(調べたところ1968年2月号)に載ってたのが初出で,それまでに読んだどの「お話」よりも怖くて,よく夢に見たことを覚えている.
 スタージョン作品と同じくらい読み返したい作品なのだが,調べた限り他のどのアンソロジーにも収録されていない.石川喬司自身の著作にも収録されていないようだ.石川は決して競馬評論/小説だけの人じゃなかった筈なんだけど...
 因みに「5 MINUTEs BOOKS」はその名のとおり概ね5分以内で読める短編を編纂したシリーズで,他に都筑道夫 監修の『海底の人魚 5分間ショートショート』なんてのもあった――これも持ってた筈なんだけど,見当たらず...

[社会への免疫としての漫画]
 出張帰りに目に入ったブックオフ八日市場店に素早く立ち寄り,安達哲『さくらの唄 上下』(講談社BOX 2007)を発見して速攻購入.上中下巻に分かれた初版(ヤンマガコミックス 1991)は持ってる――けどやはりどっかに埋もれている――のだが,やや傷みがあるとはいえ箱入りの新装版が各巻105円とあってはやはり買ってしまうのが,本バカの性.
 上品な読者なら目を背けたくなるであろうどす黒い青春漫画であるが,久々に読み返したらやっぱり傑作じゃないっすか○.後半,カタストロフに向かう怒濤の展開が凄い.ラストは今となっては甘すぎる感もあるが...
 俺がこれを読んだのはいい年になってからだけど,こういう作品は中高校生時代に読んでおいて,いずれ出て行かねばならぬ汚れた社会への免疫をつけておいた方がいいと思う.
 もっとも,本作が描かれたバブル崩壊直前の時期よりも,現代は更に過酷になっているから,今だったら『ヒミズ』以降の古谷実とか真鍋昌平『闇金ウシジマくん』といった別の意味でキツい漫画を読んどいた方が,免疫になるかも知れない... 何にせよ「救い」にはならないのだけれど.

 で,『さくらの唄』を読んで安達哲が気になったんで,未読だった『幸せのひこうき雲』(ヤンマガKCエグザクター 1998)をAmazonで購入(送料込498円).『さくら』完結後,『お天気お姉さん』と『バカ姉弟』の間に描かれた作品だが,「エグザクター」まではフォローしてなかった...
 本作は「抒情性」が他作品よりはやや多めに分泌されているものの,サド女(教師)が男(子生徒)を弄ぶという黄金パターンは健在だから,一般人は眉をひそめることだろう.だが,設定は極端でも,この清濁グヂャグヂャのリアルさは作家的に信用できる.ペンタッチが山たつに似てる所も面白かった○.

[お馴染みの作家さんたち]
○武富健治『鈴木先生 5』(双葉社 2008)
 舞台は学校に限定されているように見えるけど,学校こそ国民教育=管理の末端装置であり管理社会の縮図でもあるという事実をよーく認識したうえで描かれている点で,このシリーズは凡百の学園漫画を凌駕してる(のかも).鈴木先生は,学校制度を解体しようとするラジカルな教師では全くないが,所与の環境下で種々雑多な他人――生徒・その家族・同僚・恋人等といった,否応無しの共同体メンバー――に如何に公正かつ誠実に対処していくべきかを足掻きながら模索し続けつつ笑かせる所が,本作を社会生活への「処方箋」(最相葉月)とし得てるんでしょう.

○ジョナサン・キャロル『薪の結婚』(創元推理文庫 2008.原著 1999)
 『蜂の巣にキス』に続くクレインズ・ヴュー町シリーズ.前作が珍しく超常現象皆無のミステリだったのに対し,今回は可能世界と輪廻転生と因果応報を組み合わせたホラー.前半は過去の作品の焼き直しっぽくて正直心配したが,後半の先が読めない展開に引き込まれて読了.
 例によって,誰の心中にもある利己心や罪悪感をチクチク刺激する,嫌ぁな感じの作品.
 キャロルは「別の世界」の全貌を一度に描くことはしないが――最初から全部考えたうえで書き始めたとは思えないから当然だけど――徐々にそれを構築しつつ,謎も徐々に明かしていく.
 超常現象が実在するかどうかはともかく,それを描くに当たっては,出鱈目な現象としてではなく,こちらの世界に現れた別の世界の写像として緻密に描写すべきである.たとえ虚構であっても,何らかの法則性を持った現象として描かれなければリアルじゃないから――その点で,『呪怨』シリーズみたいな「なんでもあり」のホラーは駄目だね.
 ただ一方で,いずれ別の世界の体系が明らかになってしまえば,そこで読者の興味が尽きる恐れもある訳だが,キャロルはその辺をどう解決するつもりなんだろう...

○諸星大二郎『未来歳時記 バイオの黙示録』(集英社 2008)
 「ウルトラジャンプ」掲載シリーズを加筆修正のうえ単行本化.バイオ戦争後の未来,「すべての人間の潜伏遺伝子が発現し人間と他の生物との境界はなくなる」恐るべき世界を描いた連作.名作「生物都市」(1974)を想起させつつ救いの無さはそれ以上だが,哀しくも美しい.SF小説化すれば陳腐かも知れない諸星作品が面白いのは,やはり「絵」が持つ力の所為だろう.

「東本昌平パーソナルマガジン ハルマンVol.1」(少年画報社 2008)
 年4回ペースで発行される(ことが期待される)オールカラー一人雑誌の創刊号.バイク漫画に特に興味はないが,東本推薦の名作として石川球太の稀少作「白昼夢」(「少年キング」37号掲載 1970)が採録されていたのが◎で,即購入.江戸川乱歩作品の漫画化として出色の出来.「アップクチキリキ アッパッパアー」が頭に残る悪夢.

△スタンリイ・エリン『九時から五時までの男』(ハヤカワ・ミステリ文庫 2003.原著 1964)
 10編からなる気の利いた短編集.いずれも人生の機微を描いて巧みで,表題作ほか数編は気に入ったけれど,悪擦れのした辛口読者(俺)にとっては全般に「奇妙な味」まで達しないヌルさで,物足りない.

△浦沢直樹×手塚治虫『プルートゥ 06』(小学館 2008)
 水準保ってるけど,ここんとこダレ場です.

[観る見るミル]
○『アール・ブリュット/交錯する魂』展(松下電工汐留ミュージアム)
 スイス ローザンヌ市の「アール・ブリュット・コレクション」と滋賀県近江八幡市の「ボーダレス・アートミュージアム NO-MA」との連携企画.いかにも厳選された作品ばかりという趣で,見応えあった.どの展示物と較べても,例えば村上隆の「アート」みたいな商業作品がいかにゴミであるかが分かる点で,啓蒙的な展覧会でもある.
 初めて知った作家も多かったが,中でも,インド北部の町チャンディガールに,長年にわたり日々拾い集めた石や廃品を用いて2ヘクタールに及ぶ「石の庭園」――フェルディナン・シュヴァルの「理想宮」より遙かに広い――を独力で建造した,パキスタン出身のネック・チャンドという交通局員(男性.1924年生まれ.健在)には圧倒された.子供の絵をそのまま立体化したみたいな(でも造りは丈夫)人物像や動物像が多いのだが,数量が半端じゃない.会場にはそのごく一部が展示され,現地の様子を撮ったDVDが上映されていた.元々区画整理地域に無断で建造したものだったらしいが,現在は市当局もその価値を認めて協力し(作業員と給料を提供),観光地として更に拡張中だという.

△原田眞人『クライマーズ・ハイ』(2008)
 横山秀夫の原作(2003)は未読.1985年の日航機墜落事故報道を巡る地元新聞社の一週間を,緊迫感をもってリアルに描いた社会派娯楽映画.凄く良く出来ているのに今一つ印象が散漫なのは,現在と過去とを交互に描く手法がテンポを削いで裏目に出た所為か.むしろ過去に絞って描いた方が良かったのかも知れない.けれど,カメラにちゃんと写っていない場面でも全ての出演者がしっかり演技してる感じ――本来なら当然のことなんだけど――は,観ていて気持ち良かった.先行するNHKドラマ版もDVD化されてるらしいので,機会があれば観較べたい.

2007.07.28 GESO