7.Factions諸派


・もろみの塔の南伝系と北伝系


 「もろみの塔」の源流は、天酒教と言われている。天酒教は天酒を唯一絶対のもろみ(生一本)と位置づけ、他の酒教を「その他の雑酒」としてさげすんできた。もろみの塔はそうした酒の純血主義を嫌い、東方に逃れてきた一派である。
 しかしながら、東漸するうちにイスラムの無酒教圏にぶつかり、これとの諍いを避けるために南北に分かれて日本に伝来したのである。現在もろみの塔が南伝系(九州地方)北伝系(東北地方)の2派に分かれるのはこうした理由によるものである。
 南伝系の「もろみの塔」は実践を主体とし、北伝系が秘蹟にその根拠を置いているのは、伝来する途中で他の酒教との習合があったからに他ならない。
 たとえば景教の影響が大きいと見られる南伝のアルコトリウス派「アルコールを取ればええ」という方法論は、北伝においてはわずかにカストリウス派にその片鱗が見られるのみである。
 一方山岳密教の影響を大きく取り入れた北伝派は、酒験道となり、四日連続宴会の荒行とか、「朝に4本、昼に2本、夕方に3本」と呼ばれる酒行を重ねる酒験者を生み出した。
 そこまで酒行に打ち込まなくとも、北伝系のもろみの塔信者達は、心に内なるもろみを宿すことを信仰の証としたのである。
 すなわちおのおのが在家(または在居酒屋、在スナック、在バー、在友人宅等々)にて酒行を尽くし、心に内なるもろみタンクをうち立てることが目的なのである。聖人列伝にある言葉が残されている。「酒は瓶の中にはあらず。我が杯の内にあり」。
 
・天酒根元主義
 天酒を唯一の酒「生一本」と倣す。天酒は天地醸造を成した神である。天酒が世界のはじめ創造されたもろみの塔に転生し、天酒と共に酒を醸し、酒を飲むことを目的とする。 酒造から飲酒までを一貫した神との契約と見なし、成立した聖典が「旧約清酒」である。酒海文書は異端としている。

・神秘(*註)酒義
 天地醸造において天酒が酒を醸された初源のもろみ(=もろみの塔)を実在のものと見なす、ファンダメンタリズム。ゾロアスター教の影響を受け、もろみの塔を巡る神々の争いを神話として受け継いでいるが、すでに神々の黄昏は終わっているとする者、最後の審判の後に真酒が地上に現れて人類を救済するとする者、酒飲みと素面の戦いが世界の存在そのものであるとする者など諸説はあるが、概ね酔醒二元論に立っている。
 なお、最後の戦い(ラスト・オーダーと呼ばれている)の前後に、酒飲みの王者たる救世酒(サケヤ)が現れ、敬虔な酒飲みをもろみの塔の許に導くと言われている。
 また、ラスト・オーダー後に「最後のおあいそ」が行われ、神の御心にかなったものはもろみの塔の元に広がる楽園屋台村へと招かれ、そうでない者は腐造もろみタンクに投込まれて、未来永劫まで二日酔地獄で苦しみ続けると言われている。
 *註:便が滞った状態が「便秘」であり、「神秘」とは神が滞った状態を言う。

 コモラン教団
 別撰派とも呼ばれ、酒海文書を残したことで有名である。酒海文書は暗示的な文体で書かれ、欠落も多いことから解読は進んでいないが、酔醒二元論にもとづいた世界終末の記述や、入信儀礼など、原始天酒教の世界観を知ることができる。
 コモラン教団はきびしい戒律を定め、一般信徒は自由に酒を飲むことを許されず、「お酒は聖人になってから」と言われていたらしい。しかし一説には、聖人とはいわゆる「大人の飲み方」を身につけたと言う程度の意味で、自由に飲む権利が一部の信者に独占されていたわけではないと言う解釈もあり、今後の研究が待たれている。

・酔醒二元論
 世界は酔いと醒めた状態の二元から成り立つという説である。世界の諸相が 1.@酔醒対立説:酔いと醒めの戦いであるとする説 2.酔醒調和説:酔いと醒めの調和により成り立っているという説 3.酔醒循環説:酔いの時代と醒めの時代が周期的に訪れるという説などがある。
 酔醒循環説では、世界は素面の中に覚醒し、ほろ酔いの時代、泥酔の時代、へべれけの時代を経て昏睡の時代へと進み、滅びると言われている。この昏睡の中から、一杯の冷たい水に導かれて、新たなる覚醒の種が生まれるという。

・こしき・日本酒紀
 神がもろみタンクに櫂を入れて酒造りをしたところから始まる、神話集である。
 「こしき」は主として蒸米造りの苦労が描かれ、「日本酒紀」にはこしきで蒸米造りを体得した「山と炊けるの尊」が八塩折の酒を醸し、うわばみを退治する物語が描かれている。

・カスリック(粕離苦)と酒教改革
 天酒教の教えが酔うろっぱに浸透していった時代には、「神は酒を造り粕はつくらず」というカスリックの教えが主流であり、天酒への帰依は酒化率で評価された。そのため、酒化率の悪いもろみは火炙りにされ、杜氏は首吊り、ハリツケにされることもしばしばであった。また、精米歩合60%以下の吟醸仕込みをした杜氏は鉄観音鉄のマリアとも呼ばれる)拷問具で烏龍茶にされてしまったと言うから恐ろしい。
 この天酒教会は免罪符、しじみエキス、活性炭などを独占販売し、膨大な利益を上げていた。そこで酒教改革が起こり、級別制度の廃止、赤字会社の企業合同、アルコール専売制の撤廃、自家醸造の普及など、近代社会の礎を築いたと言うことである。

・酒本論
 もろみを搾取しなければ清酒にならないという学説。原始社会では酒は全て濁酒であり、もろみを搾るという作為が疎外を生み、社会における階級を生じたとしている。
 政治思想としては、醸造手段の私有を禁じる共産酒義へと繋がっていったが、ウオッカを禁止したりしたため崩壊した。