『虚航船団』はノイローゼで自殺した。『般若心経』は絶食の果てに衰弱死。『ロミオとジュリエット』は北の詩人と心中を果たし、『怒りの葡萄』は急性アルコール中毒で絶命。『洪水』は水死し、『プリンキピア』は焼死、『岩窟王』は脳卒中に倒れ、『毛沢東語録』は脳軟化症で、『チャタレイ夫人の恋人』は梯子から墜落死。
『ふるさとわが町五十年史』は退屈さの余り発狂した。
『マザーグース』は逆行性健忘で、『奇跡の人』は失語症、『ギンズバーグ詩集』は欝病で沈黙し、『百年の孤独』は躁病で理性喪失。『資本論』は糖尿性昏睡で余命幾許もなく、『恋愛論』はエイズ、『織田信長』は正月に餅を喉に詰めて頓死したのだ。『西遊記(下巻)』は行方不明になり、『毒虫』は『黄金虫』と駆け落ちし、『ファーブル昆虫記(全八巻)』は、ふぐ中毒で全滅。『ソクラテスの弁明』は舌癌、『ニーチェ選集』は脳梅毒、『悲しき熱帯』はマラリアにやられた。『赤と黒』は黄熱病、『車輪の下』は交通事故、そして我が最愛の『あむばるわりあ』は旅に出て帰らぬ人となった……。
私は『損耗亡失図書目録』。失われた書名を語るのが仕事であるが、心の余白には彼等の思い出がメモしてある。