ガラスとステンレスの連なりに
地平線は切り裂かれ
空間を埋めるものはビルディングの重畳
視線は人の世界を複屈折して巡り
透き通った風の通路も見えず
遠い空の下で
泣いている銃の声も響かない
ひとは砂のように雑踏とともに流れ
息苦しく
人間くさい
オフィスに落ちた油の一滴となり
カラーバインダーに挟まれ
会議資料に染みを付け
コピーマシンと肩を並べて
オゾン臭い溜息を吐いている
それでも季節は星の巡りよりゆるやかに
夏薔薇の蕾をほころばせ
エゴの花を落とし
枇杷の実を色づかせ
ビジネス用語辞典には無い
多くの事物や名前を指し示す
スケジュールやタイムカードでは測れない
記憶にとどめきれない些細な距離
些細な夢の落差を積み重ね
ひとはある日現実から少しずれた場所で
口を噤む
さもなければ
翼の生えた舌を空に飛ばし
無数の不思議で正しいおしゃべりを
沈黙する夜のバスから取戻し
明け方の青い樹々の梢に返すために
数多の歯を騒がせ
日常の平面から驚愕の波涛を
爆笑と共に演繹する
ひとは火となり糊となり
灰色のさえない魂
燃える林檎
黴の菌糸の陰鬱な広がりを
直接の視線に受けとめる
あらゆる比喩の驟雨となるのだ
ガラスとステンレスの連なりに
地平線は切り裂かれ
空間を埋めるものはビルディングの重畳
灰色に盛り上がる文明の蟻塚
園丁も牧者もいない都会の空に
雲の群れを追立てて
風が走る
風が走る
雨の季節がやってくる