古い唄にひかれて
未明には水を渡る
また風の立つ野を横切り
記憶の古い街道伝いに
夜の一枚を切りとって
寒い肩を包むショールとなし
さびれた村に立ち寄る
村の昏い中央に立ち
夥しい詩文を焼き捨てれば
言葉は無人の原を煙となって漂い
たゆたう水の心を乱す
霧の中に啼く
よしきりの声の長い余韻に追われて
どんな夜明けが見つかるだろう
巡る世界は水没したまま
遥かな陽の光を呼び
また遥かな風を呼び
風に騒ぐ葦の原から
細い声を集める切岸へと
古い唄にひかれて
半睡の領土を巡り
記憶の半島を巡る
濃い霧の向こうでは
まだよしきりが啼いている
仄かな光のなか
おぼつかない湿原に迷い込む
迷ってはまた
深みへと誘われる
裂ける記憶の奥の記憶の
核あるいは
葛藤の暗い斜面から
一斉に立ち昇る風の形に
見えないはずの結末が見えるなら
断念しよう
記憶の傷に深く埋もれた
鏃をあえて摘出することもなく
古い唄にひかれて
巡る想いは巡るままに
射して来る夜明けの光の
最初のひとすじを新たな街道となし
さびれた古里に向かう
有限の日々の
群れ咲く鶏頭の悲しみをよぎり
立葵の眠る庭
接骨木の庭に迷いつつ
けれども帰りつく古里の
なつかしい軒端にひとの姿はなく
ただ毛深い陽炎がひとつ
佇んでいるばかりである