貧乏な樵の某 深山に入るとき 風に香しき匂いあり さらに登り行くと大いなる洞あり 仙童ら騒ぎつつ 酒を搾りおり 薫香満洞 某たまらず洞に入り酒を求む 仙童ら驚き怪しみつつも その風体剣幕を恐れ 某の水入れの瓢箪を空けて 新酒を汲み与えたり
某酒を飲みつつ山を下り行くに 次第に酔いは回り 足許おぼつかなく 脳は五色の雲に包まれ 耳に天上の音楽は鳴り響き 家にたどり着くなり 深き眠りに没す 家人思えらく 某山中にて毒菌を食し 将に中毒死すと すなわち某を村の共同墓地に葬り 喪に服す
仙人あり 仙界より洞に戻る 留守中に仙童に言いつけし酒の上槽 成果を計り見るに百八石に一合を欠く いぶかしみ仙童に尋ねるに 仙童始終を応う
仙人曰く これは仙酒なり 無憂の酒なり 天地の精華を合せ醸して百八石と為す 聖仙をして一日酔わしむる酒なり 凡俗の飲むところにあらず 天界の一日は地上の一年 某この酒を飲まば 一年後に醒めるべしと
一年の後 仙人某家を訪れ某の行方を問うに 家人既に埋葬したりと答う 仙人怪しむ家人を連れて墓地へ向かう 何たること 共同墓地の玄室酒香に満ち 某の鼾は轟々と響く 某の家人発怒し 某を揺り起こすに 某朦朧と目覚め 水を欲し腰の瓢箪を開けんとす
仙人某を止めて曰く そは仙酒なり 汝一年を酔生すると 某それを聞き 貧鈍にて酒を強請たることを恥じ入るに 仙人曰く 汝に仙骨あり 仙骨あらざれば我が洞に至らざるべし
仙人某の貧窮を救わんと 若干の薬方を伝え また曰く 汝の瓢の酒を飲まば 反魂蘇生も可能なるべしと
某は瘉者となる 觴ひとつの仙酒にて 瀕死の者も回生すれば 忽ちその技人口に膾炙す 某家の門前市を成し 万金の富を築く
某は黄金に淫せず 能く神農黄帝の道を学び 深山に入りて草根木皮を採取し 薬効毒苦を吟味す 酒をこよなく愛し長寿す
某は仙酒を醸さんと欲すれども力足りず 薬酒を作るのみ 薬石希効を求め 深山幽谷を徘徊し 遂に不帰の人となる
某が山の奥で朽ち果てしか 遂に羽化登仙せしか 知るひとは無し 某に命を救われたる者ら祭廟を建て 酒仙廟と名付く 良酒を捧げ祈願すれば霊験有りという
祠祭の言うに 時として深夜に音曲酒香が流れ 某と仙人が酒造を談義する声が聞こえ 明け方には高らかな鼾音有りという