「サマルカンドの犬は
土の中に住んでいる」
土埃の街で出会った男は
咳込みながらこう言ったきり
藍色のハンカチで口を押さえ
背中を丸めて歩き去った
僕は未完のジョークを聞いた思いで
街に出た用も忘れてアパートに引き返し
魚の皮の手帳を広げて
片っ端から知り合いに電話した
そしてセイロンの吸血鬼は
レモンの中に住んでいるとか
肛門には狼がいるとか
ムンガル人は沙漠に住んでいて
はまぐりを常食としているとか
雑多な知識を仕入れたのはよいが
サマルカンドの犬に付いて
知っている知人はいなかった
サマルカンドは高山の土地で
殆ど住む人もいないと言う
そこに住んでいる犬は
土の中に住んでいるのだと言うことを
知っているのはひょっとしたら
あの男と僕だけなのかも知れない
ならば僕も誰かのために
肩をすくめて土埃の街を歩き
道行く人を呼び止めては
サマルカンドの犬の暮らしについて
囁きかけるのも悪くはないと
半ば真剣に思い始めている