さぼてんの花が咲いた。潮が満ちて夜が来た。繊月が静かに風をふるわせて、長い黒髪が天に向かって舞い上がった。僕らは愛し合い、冷たい魚料理を食べ、蓮の実の甘く苦い酒を飲んだ。海辺に立つと、水に濡れた砂の淋しさが、足の指に沁みた。何本もの蝋燭が空から降りてきて、昏い海面に光の輪を映した。船も鯨も見えなかった。星も雲も月も見えなかった。僕らは人魚の絵本を読んで訳もなく涙を流し、涙で魚皮の表装を濡らした。知らないうちに霧が出て、家々の屋根を空の高さにした。空の彼方の虚空にも、淋しい風は吹いていた。目を閉じて僕らは眠った。沖にむかって泳いでゆく、美しい白い子豚の群の夢を見て、鳴き交わす夥しい海鳥の声を聞いた。眠りにつくことと目覚めることに、努力も理由も必要ないことに、僕らは少し驚いた。時計も電話も潮騒も沈黙していた。潮風もラジオも星も沈黙していた。僕らは暁闇の深さをつまさきで確かめながら、汀を歩いた。夜明けが霧を硫酸銅のコロイドに変え、乳白のマリンスノーに変えた。僕らには繋いだ手のひらと冷たい足の裏しかなかった。手のひらと足の裏だけになっても、まだ夏の週末は続いていた。