蒸し暑い夏の夕刻を蝋燭舟が行く。小さな木の車輪を軋ませて、雑踏の中を蝋燭舟が行く。蝋燭舟の行くところ、人々は口を噤み目を伏せ、たとえばそれが白昼であっても周囲の景色が黔むのを感じる。重苦しい小さな物体、蝋燭舟はかたことと行き過ぎる。その煤ぼったい後ろ姿を見送り、人々は微かな溜息を漏らす。何かしら忘れていたことを思い出す。
蝋燭舟は、文箱ほどの大きさの木箱だ。底に指の輪ほどの小さな車輪が二対、両側に一対の引き出しが付いている。上面には常に数本の、時には数十本の蝋燭が火を点し、堆積した蝋涙が油煙で黒光りして、異様に蝋燭の炎を映している。それは何処からともなく街の大路に現れ、路地を抜け、橋を渡り、市場の喧騒や道端の語らいを気まずい沈黙に変えて、何処ともなく去って行く。
蝋燭舟を誰が作り、何がそれを動かしているかを私は知らない。それが何台(何艘?)街に居て、何故に蝋燭舟と呼ばれているのか、人々はあえて語ろうとしない。むしろその事を話題に載せようとすると、人々は口を噤み、非難めいた目付きで私を見つめる。子供たちすら蝋燭舟の姿を見かけると、われ先に小路の奥に逃げ去ってしまう。
風の強く吹く日、人々が扉を閉め切って戸内に隠れる時、蝋燭舟は何処を行くのだろう。長い雨の季節を何処で過ごすのだろう。
かつてある宵、一人の寡婦が蝋燭舟に火を捧げるのを見たことがある。彼女は戸口に立ち、片手で蝋燭の火を庇いながら蝋燭舟を待っていた。そして船の背に蝋燭を立てると、跪づいてその側腹を撫でつつ何事か優しくささやきかけていた。蝋燭舟は従順な獣のように彼女の傍らでじっとしていたが、やがてまたかたことと宵闇の向こうに去って行った。
誰から聴かされたのだろう(恐らく記憶の底の、祖母の柔らかい声で)、あれは他人に語れない思いに悩む人、孤独や悔恨や忘れられない思い出に苦しむ人たちが蝋燭を捧げるのだと。そして癒されない苦い思いが、あれを動かして止まないのだと言う。癒される筈も無いのに人は蝋燭をとぼし、慰める事も出来ないのに蝋燭舟はひとつ灯を増やし、また悩む人を求めて何処へとも無く行ってしまうのだと言う。
ならば解る。この小さな街に住む人々の、あきらめに似た柔和な眼差しの意味が。必要以上に慇懃な、つつましやかな物腰の意味が。
そしてかたことと蝋燭舟が行く。風景が色褪せて、我らは目を伏せて口を噤む。忘れていた小さな事柄を思い出す。