a

椅子の上で肉が踊る
純粋に肉のみが踊る
世紀末の風景

   b

汗は乾かない
汗は唄わない
コウモリ傘の交代劇

   c

もう一つの壁に刺す
もう一つの光
洗濯済みのワイシャツが還ってくる

   d

音を裂いてしまった
椅子の根に潜んで
波が破れてしまった

   e

行為とはそもそも
過去の領域に属するものか?
永い問いが
巻き貝の舌を借りて
砂浜に寄せ来る
青い乳房を抱いて
河床を滑る
鴎を待つ流れに
二筋の流れがほとばしる

   f

さあ
二等船室の客のように
垂れ下がる風景を楽しむのだ
ナイロンの手触り
燃える傷口
唇に残るメンソレータムの匂い
階段を昇る 或は降りる
支柱は実はジャイロスコープ
みずいろの帽子の男が
鼠の駆け回る物置小屋で
刻み煙草を吹かす

   g

骰子の揺れ返し
繰返される呪文
ギターの穴
底冷えのする反響
オパールの責め苦
ロンドンの蜘蛛
一本の毛髪が
高速で反り返ってゆく

   h

河また河 の
椅子巡り
ペール=ギュントを回想する

   i

通り魔のような夕立に
枯れる 枯れる草もあった
肋骨も波に打たれ
遠い燈台がことさらに小さな夜明け
この皿の上では
何もかも 草花のように残忍だ

   j

十一位番目の窪地に至って
個的なリズムは著しく欠けている
もう一度初めに戻る?
ゴムまりもどきの芸当だ
内在する夢狂い
鈍器は必要か?
あわてて時計を見る
ゆっくりと次の部屋に向う

   k

羽根箒の長い伝説には
酒類の芳しさが不可欠だ
それにタコの頭
知らず 忘られる旅の椅子
ああ 続けば虚しい
恋の植林!
リンドウへの慈愛
さらに
深く切れる紐

   l

露と霧がある
マンホールと溝がある
澱みは昏く
接近しつつある眠り
逆の眠り
振り撒く紫烟の中に
既に椅子は無く
新たな触媒
震える風樽が
扉を越えて呼気する

   m

柔らぐ朝
風樽は
露地の一角を
重い偽装の一角を占める

   n

電線に絡まれた風景が
水面に手を伸ばす
懸命の努力

   o

平穏な額
冷却した額
傍観者は常に不動

   p

何を切断しろと言うのか
何を告発しろと言うのか
答えよ 風!

   q

戸外のゲームに加わる
風樽をも焼き払い
隠れ場のない明確なゲームに

   r

泣きくずれる類の骨折は
橋をハンマーで壊す程度の粗暴さに
等しい早さで接合するもの
貝柱という硬質の単語で
無季の海辺を茫昧に充足し
棄て難い無数の錠剤を
総て埋もれた過去に変換しよう
そのとき再び
僕は 僕ということばを思い出せるのだし

   s

木質の草枕を捨て
木質の隠匿を捨てた
今はただ
有刺鉄線の勇敢さで
逆流するのみ
一筋のきらめきとなって
塵介の故郷へ帰って行こう

   t

おお
また変ってしまった!
すっかり変ってしまった!
是でも非でもなく
もう
すっかり変ってしまった この
詩の
椅子!