I
少女はモグラである
血の洗礼を知らぬ紙ナプキンのようで
煩うことのないかわりに
歓ぶことを知らずにいる
II
少女にとっての町は僕らの街ではない
それは一個のピクニック・バスケットに収めきれる町だ
太陽はガス球ではなくてモザイク
しかし空はどうしても解けない謎である
III
人が空を飛ばぬ不自然さに眉をひそめた
橋の上から川に放られた小犬は
悲鳴で波紋を描き 溺れ死ぬ
始めての微笑が頬に刻みこまれる
へろへろ へろへろ と
IV
薄明の中
少女は赤い絵本を得る
古びた背徳の記憶
くすんだ影が共存する
V
粘土の像に魂を託すこともあった
月光に夢を託すこともあった
とにかく
何もかもが夜の出来事で
VI
空洞の秘密は怖いほどに早早と明かされる
紅の儀式は童話を伴って訪れた
草むらの邪悪な感触が肌に刻みこまれる
もちろん 黄昏の中で
VII
少女はモグラである
乾燥地帯に好んで棲息する軟体動物のようでもあり
煩うことを知らぬまま
歓ぶことを知っている
VIII
夜は湾曲したフィンガー・ボールの内壁
イソギンチャクの鼓動が少年たちを催眠術にかけ
プラスチックと木でつくられた宮殿に
次次に客が訪れる
残忍?
IX
人を飛ばそうとして
橋の上から次次に放りこみ
悲鳴と波紋の拡がりに
少女は一本づつ皺を増やして笑う
へろへろ へろへろ と
X
しゃがみ込んで絵本を見る背後に
いつもくすんだ影が立っていた
あらすじを追う小さな指さきを
それはいつも誘導していた
XI
幾度か季節は巡り
少女は大人になる
部屋の壁が毎年毎年厚くなってゆくのを
誰が知っているのか?
XII
唇の赤味が増し
肉体が熟れきったとき
背後の影は
今度は前にまわってきた
XIII
絵本は静かに閉じられた